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向井康二はタイのどこで生まれた?生い立ちや本名を調査してみた!

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Snow Manの向井康二さんは、タイでの幼少期や多彩な才能で注目を集めるアイドルです。

しかし、彼がどのような生い立ちを持ち、タイでどのように過ごしてきたのか、本名は何なのかご存じですか?

また、日本でのデビューに至るまでには意外なきっかけがありました。気になる背景を詳しく調査し、彼の魅力に迫ります!

向井康二は父親が日本人で母親やタイ人のハーフ

向井康二さんは、日本人の父親とタイ人の母親を持つハーフで、多文化に育まれた生い立ちが特徴的です。

一般の方なので、画像はありませんでしたが、向井さん自身が番組で

「母は世界三大美人の一人」

と冗談交じりに話し、メンバーからも

「康二の母さん、美人すぎる!」

と絶賛されているとか

さらに、お母さんはなんと元タイの軍人で、番組で

「母は軍人だったけど、家ではモーニングコールで『コケコッコー!』とか歌で起こしてくるユニークな人」

と語っています。

このエピソードだけで、お母さんがどれだけ楽しい人かわかりますよね(笑)

幼いころは母親から厳しくムエタイの教室に通わされていたそうですが、笑いながら

「やらされてたけど、まあ結果オーライって感じです」

と振り返っていました。

家族の温かさとお母さんの影響力が垣間見えますね。

向井康二はタイのどこで生まれた?

向井康二さんの出生地はタイとされていますが、具体的な場所までは明かされていません。

ただ、本人が

「子どもの頃、長期休みごとにタイに帰省してたんです。1年のうち3ヶ月くらいはタイで過ごしてた」

と語っています。

タイでの滞在先は母親の実家だったそうで、都市部ではなく少し田舎のほうだったようです。

「現地の子どもたちがトラックの荷台に乗って学校に通うのを見て、すごいなって思ってた」

とのこと。

ムエタイが盛んなバンコクなど都会的なイメージを抱く方もいるかもしれませんが、実際には意外と素朴な環境で育った可能性がありますね。

向井康二のタイ名や本名は

向井康二さんの本名はそのまま「向井康二」で、ミドルネームはないそうです。

日本人の父親とタイ人の母親を持つハーフですが、日本名をそのまま持っているんですね。

「康二」という名前には「健康に育ちますように」という願いが込められており、次男として生まれたことから「二」の字が付けられたそうです。

このような家族の愛情を感じる名前も、向井さんの多文化的な魅力をより引き立てているように思います。

メンバーから「こうじ」や「じーこ」と呼ばれ、親しまれているのも納得ですね!

向井康二の生い立ち

現在、日本で大活躍中の向井康二さん。

タイで生まれ、どのような生い立ちを経て芸能界にデビューしたのでしょうか?

幼少期からデビューまでの道のりを、実際に語られたエピソードとともに見ていきましょう。

幼少期はタイで過ごす

向井康二さんの幼少期は、タイでの生活が大半を占めていました。

特に印象的なのは、母親の勧めで通い始めたムエタイジムでの日々。

「雨の日はぬかるみを走らされて、靴も泥だらけ。正直、嫌だったけど今となれば良い経験ですね」

と笑顔で語っています。

この頃の鍛錬が、後のSnow Manでの華麗なダンススキルにつながっていると思うと驚きですよね。

また、現地では近所の子どもたちとトラックの荷台に乗って遊びに行ったり、田舎ならではの自然豊かな環境で過ごしていたそうです。

「近所の子たちと遊びながらタイ語も自然と身につけました」

とのこと。

この頃の経験が、現在の語学力や表現力にも影響を与えているのかもしれません。

小学5年生の時に日本に移住

向井さんは小学5年生で日本の奈良県に移住したと言われています。

奈良県での新生活は、タイでの日々とは全く異なるものでした。

「最初は日本語の漢字が読めなくて困りましたが、すぐに慣れました。お母さんがいつもサポートしてくれたおかげです」

と語っています。

この時期、旧ジャニーズ事務所の関係者からスカウトされ、芸能活動をスタートします。

タイでの生活から一転、忙しい毎日を過ごすようになった向井さんですが、家族の支えを受けて次第にアイドルとして成長していきました。

特に兄との関係が深く、2人での活動が向井さんの自信を育んだようです。

「兄と一緒だったから乗り越えられた」

と語る姿が印象的です。

デビューのきっかけはムエタイ

向井康二さんのデビューのきっかけは、タイのムエタイジムに飾られていた一枚の写真です。

旧ジャニーズ事務所の関係者がジムを訪れた際、その写真に目を留め、

「この子に会わせてください」

とスカウトが始まったそうです。

このエピソードには続きがあります。

母親は最初、この話を信じなかったため電話を切ったそうですが、何度も連絡が来る熱心さに押され、兄と一緒に会いに行くことに。

「最初はお菓子をもらえるって言われてついて行ったんですよ(笑)」

と話す向井さん。

当時小学5年生だった彼にとって、お菓子が一番のモチベーションだったとか。

なんとも微笑ましいエピソードですよね。

さらに、兄とともに「ムエタイ向井ブラザーズ」というユニットを結成し、初仕事は関ジャニ∞のライブでのパフォーマンス。

「あの日のことは一生忘れられません」と振り返る向井さんの目には、感慨深いものがありました。

Snow Manメンバーとしてバラエティーでも大注目

現在では、Snow Manの一員として活躍する向井康二さん。

メンバー唯一の関西出身ということで、その明るいトーク力と親しみやすさがバラエティー番組でも大注目されています。

特に、

「みんなの万能調味料こと塩麹よりも向井康二です!」

という自己紹介は、見る人の心を掴む名フレーズですよね(笑)

一方で、トークだけでなくダンスや演技にも力を入れており、多才さを発揮しています。

「ファンに笑顔を届けたい」

という彼の想いが伝わってきます。

これからも、Snow Manのムードメーカーとして、さらなる飛躍が期待されます!

タイ語・英語も話せるトリリンガル

向井康二さんは、日本語だけでなく、タイ語、英語も流暢に話すトリリンガルです。

バラエティ番組やイベントでも、彼のタイ語が披露されることがあります。

さらに、英語は大学で専攻しており、

「テストで学年1位を取ったこともあるんです!」

と自身の学業への努力も語っています。

そして驚くべきことに、中国語もある程度話せるとのこと。

Snow Manが中国語を学ぶプロジェクトに参加し、

「HSK(中国語検定)の2級を取ったんですよ!」

と明かしています。

さすがに4カ国語を話せるなんて、ちょっと異次元すぎますね。

彼の語学力は、Snow Manとしての活動だけでなく、日本とタイをつなぐ架け橋としても大きな強みとなっているんですね!

まとめ

向井康二さんは、日本とタイのルーツを持つ異色の経歴を持つアイドルです。

タイでの幼少期、ムエタイを通じたスカウト、日本への移住など、その生い立ちは彼の多文化的な魅力を形作っています。

バラエティでのユーモラスな一面だけでなく、トリリンガルとして語学力も備えた彼のさらなる活躍に期待が高まります!

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